
(戦場のメリークリスマスより)
出典:シネマド館
戦場のメリークリスマス公開
Merry Christmas, Mr. Lawrence
大島渚が監督した映画作品である。
日本、英国、オーストラリア、ニュージーランドの
合作映画でテレビ朝日製作の映画第1作でもある。
1983年5月28日、日本公開。
英国アカデミー賞作曲賞受賞。
有名な曲名もMerry Christmas, Mr. Lawrence
概要
原作は、ローレンス・ヴァン・デル・ポストの『影の獄にて』に収録された2作品、「影さす牢格子」(1954年)と「種子と蒔く者」(1963年)に基づいている。
作者自身のインドネシアのジャワ島での、日本軍俘虜収容所体験を描いたものである。
出演は、デヴィッド・ボウイ、坂本龍一、ビートたけし、トム・コンティなど。
第36回カンヌ国際映画祭に出品され、グランプリ最有力と言われたが受賞は逃した。
(このブログを読んでも楽しめる様に敢えて、あらすじは書かない)
特徴
第二次世界大戦をテーマにした戦争映画でありながら、戦闘シーンは一切登場しない。
また、出演者はすべて男性という異色の映画でもある。
ハラ軍曹らに見られる日本軍の朝鮮人軍属や捕虜に対する不当な扱いや、英国などにおける障害者への蔑視行為、パブリックスクール(寄宿制名門校)におけるしごきなど、歴史の闇の部分も容赦なく描いている。
撮影はクック諸島のラロトンガ島で行われた。

出典:kanadive.net
配役
当初、ハラ軍曹役には勝新太郎がキャスティングされていたが、脚本の変更を要求する勝との折り合いがつかず、ビートたけしに変更となった。
ヨノイ大尉役も当初、沢田研二が予定されていたが、沢田のライブとのスケジュールがあわず、坂本がキャスティングされた。
また、セリアズ役にもロバート・レッドフォードにオファーをしていたが、レッドフォードが断ったためセリアズ役はデヴィッド・ボウイが演じる事となった。
(そして、この奇跡の配役が出来上がったのであるw)
エピソード
台本をまったく覚えずに現場入りした坂本は当然上手くセリフが言えず、絶対に監督から怒られるシチュエーションを自ら作ってしまったが、監督はなぜか相手役に
「お前がちゃんとしないから坂本君がセリフ話せないんだろう!」
と怒ったという。
この監督の一種の配慮により、たけしと坂本は無事クランクアップを迎えることができた。
演技についてたけしは、
「NGは監督からほとんど出されなかったけど、代わりにアフレコはさんざんやらされた」
と語っている。
これは、監督にオファーされた際
「自分は漫才師であり、俳優でありませんから、きちんとした演技はできません」
と言ったことから、監督なりの配慮がされた結果と言える。
(今は…)
加えてたけしがNGを出すと、代わりに脇にいた助監督が叱られたというエピソードが残っている。
当時、たけしと坂本は、2人で試写のフィルムを見て、たけしが
「オレの演技もひどいけど、坂本の演技もひどいよなぁ」
と語りあい、ついには2人でこっそりフィルムを盗んで焼こうという冗談を言い合ったという。
また監督の大島渚はできない俳優を激しく叱責することで有名だったため、たけしと坂本は
「もし怒られたら一緒にやめよう」
と約束をしていた。
演出
たけしがドアを開けるシーンで散々リハーサルするもタイミングが上手く行かず、ついに監督が怒り出し、
「このタイミング!このタイミングがこの映画で一番大事なんだ!」
と怒鳴るものの、本番直前にドアは壊れてしまう。
仕方なくドアなしで撮ったが、直後にドアが壊れた件について監督が
「え?何?ドア?あんなのどうでもいいんだ!」
と答えて、たけしは呆然となったという。
(映画ではタイミングが一番大事だと言いたかったのでは?)
反響と評価
試写会で自分の演技を見たたけしは、
「自分の演技がひどすぎる」
と滅入ってしまったが、共演の内田裕也やジョニー大倉は
「たけしに全部持ってかれた」
とたけしの存在感に悔しがったという。
一方で、大島は周辺に
「たけしがいいでしょう」
と漏らし、同席した作家・小林信彦に、滅入っているたけしを褒めるよう要請している。
後にたけしは
「すぐれた映画監督というのは、その俳優が一番見せたくない顔を切り取って見せる人を言うんじゃないかな?」
と、自分の演技を引き合いに大島監督の力量を絶賛した。
後日、ビートたけしは
「坂本もオイラもこの映画に客観的に参加していた、映画がこけちゃえばいいとさえ思っていた。ほかの役者のように大島監督からエネルギーを吸い取られるようなことはなかった」
と語った。
豆知識
テレビ朝日では大島渚、ビートたけし、デヴィッド・ボウイなど勢揃いした特別番組が制作された。
オープニングでは「レッツ・ダンス」に合わせて若い男女が踊る中デヴィッド・ボウイが登場し、笑顔でビートたけしに握手を求めた。
ビートきよしも俳優として撮影に参加しているが、すべてカットされた。
これは、きよしが言う予定だった台詞を別の役者によって撮影してしまった為である。
当時、坂本と同じ事務所に勤務し坂本の付き人をしていたピーター・バラカンが、捕虜役のエキストラとして出演している(サウンドストリート 1982年放送から)。
たけしは、スケジュールの関係でほかのスタッフらより早く撮影を終えてロケ地より帰国したことから、映画の情報を虚実ない交ぜにしてラジオなどで流布した。
一例を挙げると、大島が撮影に使ったトカゲが演出意図どおりに動かないことに腹を立て
「お前はどこの事務所だ!」
と怒鳴りつけたことや、差し入れのうな重をたけしらが食べてしまったことに坂本が腹を立て、かわりにたけしが手配したうな重を涙を浮かべながら食べていた、などである。
後に坂本とたけしの対談で、
坂本「あの時俺は泣いていなかった」
たけし「いや泣いていただろ」
といったやりとりがあり、あのような状況は食事の話題が異様になると結論づけた。
カンヌ映画祭受賞作の発表前日に、スポーツ新聞社の記者が
「明日の朝刊に間に合わないから、今、受賞したという前提で喜びの写真を撮らせて欲しい」
とたけしを訪れた。
翌朝、そのスポーツ新聞には、たけしの写真の横に大きな文字で
「たけし ぬか喜び」
と書いてあった。
たけしは、自身がパーソナリティーを務める深夜放送『ビートたけしのオールナイトニッポン』で、このことをネタに自嘲気味にトークをした。
ラストでたけしがアップになり
「メリークリスマス、ミスターロレンス」
と言うシーンについて、
後に『オレたちひょうきん族』でたけしは
「オレのあの顔で世界が泣いたんだぜ」
と自慢した。
(あそこは音楽も良かったからでしょw)
しかし、片岡鶴太郎にはそのシーンをちゃかされ、明石家さんまには
「世界は泣いたか知らんがな、オレは笑ったわ!」
と言われ、ネタにされた。
たけしが出演していた『オレたちひょうきん族』のコーナー、「タケちゃんマン」でも、「戦場のメリーさんの羊」というパロディコントが放送され、カンヌ映画祭で受賞を逃したところまでネタにしていた。

の一場面
出典:アッキーの幸せ日記
撮影中、坂本龍一がたけしの部屋を訪ねると、真っ暗な部屋の中のベッドで、天井までとどくかというほど本を積み上げて勉強するたけしの姿に出くわすという事実があった。
おしまい。
抜粋:http://go.ascii.jp/e7x(wikipedia)より
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