【今日の歴史】1942年5月16日の事【アニソン界の…】

ささきいさお(2011/1/2)50周年記念コンサート
出典:ささきいさお オフィシャルウェブサイト

アニソン大王降臨

ささき いさお
1942年5月16日
日本の歌手、俳優、声優・ナレーター

本名:佐々木 功(ささきいさお)
東京都出身。

暁星小学校、武蔵中学校・高等学校卒業。
身長175cm、体重70kg。
血液型はA型。
ささきいさおの地声最高音=mid2F位

活動内容によって「佐々木功」「ささきいさお」と名義を使い分けていた時期もあったが、現在は活動の区別なく平仮名表記の「ささきいさお」を用いている

略歴
高校時代より歌手として活動。

1960年、日本コロムビアより「本命はお前だ」(エルヴィス・プレスリーの日本語カバー曲)でロカビリー歌手としてデビュー。

『本命はお前だ』
出典:おてんばキャシーの「オモシロイもん見っけ!」

ささきの雰囲気がプレスリーに似ていたことから「和製プレスリー」のキャッチフレーズで売り出していた。

歌手業と並行して俳優活動もはじめ、1960年には映画『太陽の墓場』の主役に抜擢され、松竹映画専属俳優として映画デビューを果たす。

「太陽の墓場」より佐々木功(左)と津川雅彦(右)出典:www.asahi.com
「太陽の墓場」より
佐々木功(左)と津川雅彦(右)
出典:www.asahi.com

1962年『この先カーブあり』テレビドラマ初出演

1964年、クラウンレコードに移籍。

俳優としても松竹ヌーヴェルヴァーグ路線で映画に数多く出演していたが、ヌーヴェルヴァーグ路線が終わり、ロカビリーブームも去ると、俳優活動・歌手活動ともに不遇の時代を迎える。

この不遇の時期に、島田歌穂の父(音楽家の島田敬穂)から指導を受け歌唱・発声を基礎から学び直す。

【松竹ヌーヴェルヴァーグ路線】
奔放さや反権威の姿勢
が、フランスで勃興しつつあったヌーヴェルヴァーグと似ていたことから、それらの新しい映画に対して、マスコミによって名づけられた。

また俳優としても1967年から約10年間、金子信雄主宰の演劇人クラブ「マールイ」に参加し演劇の基礎を学ぶ。

1968年、エルヴィス・プレスリーの主演映画『燃える平原児』において、プレスリーの日本語吹き替えを担当。

FOX 映画ポスター 「燃える平原児」
FOX 映画ポスター
「燃える平原児」

これ以降、声優としての活動も行うようになる。

1969年、テレビドラマ『妖術武芸帳』で主演

O.S.Tにプレミアがついている。
(amazonからのリンク)

1972年、声優としてテレビアニメ『科学忍者隊ガッチャマン』のコンドルのジョー役を担当、アニメーション作品初出演。
  
TatsunokoChannelより

1973年、テレビアニメ『新造人間キャシャーン』の主題歌歌手に抜擢。
ささきいさおの芸名でアニメソング歌手として歌手活動を再開。
以降、数々のアニメ・特撮作品の主題歌を担当することとなる。

『宇宙戦艦ヤマト』『銀河鉄道999』の主題歌が一世を風靡し、ミリオンセラーを記録。

大杉久美子や水木一郎、子門真人、堀江美都子らと共に、アニメソングの黎明期を支えた。

1981年、上田みゆきと結婚。

互いに子連れでの再婚となり、そのときの苦労は1986年に出版された『子連れ再婚の片道切符』に描かれている。

amazonからのリンク
もちろん、プレミアついてます。。。

 


1983年
に劇場用アニメ作品『宇宙戦艦ヤマト 完結編』が公開され、関連楽曲を発表して以降は数年にわたり楽曲のリリースを一時休止し、俳優業やナレーター、洋画の吹き替えを中心に活動をシフトしていく。

1998年約10年ぶりにアニメソングを歌唱し、同年ベストアルバム「佐々木功シングルコレクション ’73〜’87」をリリース。
 

amazonからのリンクですが、
全曲試聴用サンプルを聴くことができますよ^^

 

以降、アニメソング歌手としての活動を本格的に再開する。

2004年より定期的に行われているライブイベント「スーパー戦隊“魂”」では、公演座長を務めている。

以降も現在に至るまで俳優(声優)業、歌手業を並行して行い、2011年に「第5回声優アワード」において功労賞を受賞。

2015年には「東京アニメアワード2015」において歌手としてアニメ功労賞を受賞している。

歌手として
「キーを下げて歌うようならもう現役じゃない」という信条のもと、過去の楽曲も当時のキーのままで歌うことを貫いており、それに必要な体力や声を保つためにエアロビクス、腹筋の鍛錬、鉄アレイを持ちながらの発声練習などを行っているという。

「和製プレスリー」と称されたデビュー当時のささきについて、草野昌一は

「単なる真似ではなく、もって生まれたもの自体が(プレスリーに)似ている」

と評していた。

一方で、デビュー当時マネージメントを担当した堀威夫は著書

「デビュー時の歌唱力はとても人前で披露できるようなものではなかった」

と述べており、
ささき本人も当時の自らの歌について

「気持ち悪い」
「プレスリーはこんなに歌がヒドくない」

などと評している。

アニメソング主題歌を担当するきっかけになったのは『ガッチャマン』のパーティーの席上でスタッフから「歌手だったし、まだ歌えますよね?」と声をかけられたことがきっかけであり、ささき自身は

「当時、幼稚園に通っていた息子には『パパはアニメの主題歌も歌うんだぞ』というところを見せられるという思いもあった」

と語っている。

アニメソング歌手としてデビューして以後俳優として活動する時やアニメ・特撮に関連しない曲を歌う時は「佐々木功」、アニメ声優やアニメソング歌手として活動する時は「ささきいさお」と二つの芸名を使用していたが、1987年『超人機メタルダー』の主題歌以降は、アニメソング歌唱の際も「佐々木功」の名前を用いるようになった。

しかし1990年代後半には再び「ささきいさお」の表記も使われるようになり、2003年頃からは俳優業等における芸名も「ささきいさお」に一本化している。

声優として
洋画の吹き替えでは、シルヴェスター・スタローンエルヴィス・プレスリークリストファー・リーヴなどを演じている。

左からスタローン、エルヴィス、スーパーマン。なんか違うw
左からスタローン、エルヴィス、スーパーマン。
なんか違うw

スタローンの吹き替えは当初テレビ放送版が中心であったが、映像ソフト版で彼の吹き替えを担当していた玄田哲章がアーノルド・シュワルツェネッガーの公式フィックスとなったのを境に、媒体を問わずに専属で担当するようになった。

ささきはスタローンの吹き替えについて

「声は作らないと(スタローンの声は)できない」

「特徴を出すのが難しい」

と語っており、映画『ロッキー』シリーズで吹き替えを務めた当初は、酒を飲んで3日くらい騒いで独特の声を作っていたという逸話がある。

『ナイトライダー』では主人公マイケル・ナイト(デビッド・ハッセルホフ)の吹き替えを担当しており、以後続編である『ナイトライダーNEXT』での同役の吹き替えも引き続き担当している。

左からマイケル・ナイトの良き理解者「デボン・シャイアー(エドワード・マルヘアー)」w中央は「キット」右がナイト2000を操る「マイケル・ナイト」出典:hekky’s goo blog
左からマイケル・ナイトの良き理解者
「デボン・シャイアー(エドワード・マルヘアー)」w
中央は「キット」
右がナイト2000を操る「マイケル・ナイト」
出典:hekky’s goo blog

2014年11月27日にリリースされた『ナイトライダー コンプリートブルーレイBOX』では未収録エピソード及び本編でカットされていたシーンに新たに追加吹き替えを行っており、
ささきは

「私個人にとっても代表作といえる作品なので、完全版ができるというのはとても嬉しいことです。」

と述べている。

豆知識
アニソン歌手としてデビューする際に名義が平仮名表記となったのは

「漢字表記のままでは(当時ささきが声優を担当していた)コンドルのジョーが歌っているようでまずい」

という理由によるもの当初は『新造人間キャシャーン』の主人公である「東鉄也」名義にする案も挙がっていたが、ささきが拒んだため平仮名表記に落ち着いた。

趣味は、オーディオ・ビジュアル、釣り、ゴルフなど。

とりわけオーディオやホームシアターへの造詣は深く、専門誌でコラム連載の経験もある。

ささきいさお オフィシャルウェブサイト「ISAO WEB」

抜粋:http://xtw.me/XPbTBit(wikipedia)より

PR


Warning: Trying to access array offset on value of type bool in /home/mue2/todayssp.universal.jp/public_html/today/wp-content/themes/clean-grid-pro/inc/functions/share-buttons.php on line 36
Share: