【今日の歴史】1869年3月11日の事【大熊猫】

四川省ジャイアントパンダ保護区の<br>ジャイアントパンダ(大熊猫)
四川省ジャイアントパンダ保護区の
ジャイアントパンダ(大熊猫)

ジャイアントパンダの存在を発見

ジャイアントパンダ
(Ailuropoda melanoleuca)

哺乳綱ネコ目クマ科ジャイアントパンダ属に分類される食肉類。
白と黒にはっきりと分かれた体毛が際立った特徴である。

ネコ目(食肉目)- イヌ亜目- クマ下目中のクマ科- ジャイアントパンダ亜科に分類される、ジャイアントパンダ属の、唯一現生する1種
四川と秦嶺の2亜種が知られる。

中国大陸で進化し、アバ・チベット族チャン族自治州域内が主たる生息地である。
現在では中華人民共和国のごく限られた地域(四川省・陝西省など)にわずかな頭数が残存する、竹食などの草食傾向が比較的高い雑食性の大型哺乳類。

世界の通用名
今では世界中の諸言語で単に「panda、パンダ」と呼ぶ場合、レッサーパンダではなくこのジャイアントパンダを指すことが多いが、学術的に発見されたのは1835年のレッサーパンダが先であり、オリジナルの「パンダ」に比して大きな新種(当時はそのように考えられた)が1869年になって発見されたことを受け、「lesser (レッサー、意:より小さい、小型の)」という特徴が名前に付け加えられた経緯がある。

「panda」という呼び名の由来については、ネパール語で「竹を食べるもの」を意味する「ponga (ポンガ)」「ponya (ポンヤ)」「poonya (ポーンヤ)」などに求める説、特徴的な手根骨などの骨格に求める説などがある。

ただし、これらの語はどのようなネパール語辞書からも見付けることができないものであり、論拠に疑問がある。

中国語で言う「熊猫」も、レッサーパンダに由来する。

猫にあまり似ていないジャイアントパンダであるが、それを指す中国語に「猫」という字が入るのも、元はこの名がレッサーパンダを指していた名残である。

中国の山奥では、竹を食べる等、生態が似ているため、レッサーパンダが大きくなるとジャイアントパンダになると信じられていた地域もある。

今でも、熊ではなく猫の仲間だと誤解している中国人が少なくない

中国語名
標準名は「大熊猫」(大熊貓 / 大熊猫、dàxióngmāo; ターシュンマオ)。

亜種レベルでは、模式亜種 A. m. melanoleuca を「四川大熊猫」(四川大熊貓 / 四川大熊猫、Sìchuán dàxióngmāo)、もう一つの亜種 A. m. qinlingensis を「秦嶺大熊猫」(秦嶺大熊貓 / 秦岭大熊猫、Qínlǐng dàxióngmāo)として呼び分ける。

中国語ではパンダは「熊猫」(熊貓 / 熊猫、xióngmāo; シュンマオ)と呼ぶが、台湾では「猫熊」(貓熊 / 猫熊、māoxióng; マオシュン)が一般的である。

ジャイアントパンダはそれに大をつけた大熊猫である。

ジャイアントパンダの生息分布
ジャイアントパンダの生息分布

クマの仲間であるジャイアントパンダが猫と呼ばれるのは奇異に感じられるが、奥地に棲むジャイアント・パンダの存在は、近代まで地元民以外には知られていなかった(地元民は白熊と呼んでいたらしい)。

その外部には正体が正確に伝わっていなかった(1934年が初版の辞書『辞海』には「熊猫」の語が収録されているが、60年間に発見され何属何科に属するかいまなおわからない動物(怪獣)とされている)。

結局、正体が知られるようになるより先に、パンダの訳が熊猫で定着してしまったようである。

中華民国では本種の呼称は猫熊で、中国共産党の影響が大きい地域あるいは中国共産党解放後に左書きに誤読され熊猫になったとする説もある。

台湾での本種の呼称が猫熊であることも上記が理由とする説もあるが、前述の通り中国共産党の影響が大きくない1934年版の辞海においても既に熊猫の語で収録されている。

文献中に見られる最古の記述を探せば、爾雅注疏では本種と推定される「竹を食べる白黒模様をしたクマのような動物」が獏(貘)として記述されており、金属を食べる動物と考えられていた。

これは竹を食べる矢の原料になる竹を食べる矢を食べる時代が進んで金属矢を食べる…と変化していったと考える説もある。

白居易が記した「獏賛序」では貘は金属を食べるという記述のみが誇張され、唐以前にはそれ以外の特徴が無くなったと推定されている。

加えて唐時代に本種と同じ白黒模様をしたマレーバクが混在したと推定されている。

説文解字注から、清時代でも貘は金属を食べる生物とされている

分類
1869年3月11日、博物学に長けたフランス人宣教師のアルマン・ダヴィドが、現在の中華人民共和国四川省西部宝興県にて地元の猟師が持っていた白黒模様のパンダの毛皮を欧米人として初めて発見した。

後日、パリの国立自然史博物館に毛皮と骨などを送った。

これがきっかけとなってジャイアントパンダの存在が知られるようになり、毛皮目当てに狩猟ブームになった。

20世紀になると絶滅の危機を迎えていた。

探検家のウィリアム・ハークネスが生体をアメリカに連れて帰ろうとしたが、病で死んだ。

その後、妻のルース・ハークネスが、1936年11月にジャイアントパンダの幼獣を見つけて自国に連れ帰った。

その剥製がアメリカ自然史博物館に保管されている。

クマ科に似ているが、アライグマ科に近い特徴も持つ。
そのためクマ科に属するか、アライグマ科に属するか、独立したパンダ科(もしくは、ジャイアントパンダ科)に属するかの論争が長年繰り広げられていたが、古生物学、形態学、分子系統学的研究の結果、近年ではクマ科に分類される。

一方、レッサーパンダは独立したレッサーパンダ科に分類された。

パンダの系統
2亜種に分かれる。

2006年四川省のジャイアントパンダ秦嶺(陝西省)のジャイアントパンダはそれぞれ独立した亜種であることが確認された。

差異が生じた原因としては、四川地方と陝西地方の長い歴史に関わっているという説がある。

2地方を結ぶ路は交易路としておよそ3000年以上も前から存在し、野生のジャイアントパンダが交流できない状態を形成していたというのである。

過去には茶色い毛並みのジャイアントパンダが陝西省に存在していた。

形態
生まれて間もないジャイアントパンダの体重は150gほど。

ジャイアントパンダの赤ちゃん
ジャイアントパンダの赤ちゃん

体長・体重
体長は約120-150センチメートルで、立ち上がると170cm程度になる。
オスの体重は約100-150キログラム、メスは約80- 120kgである。

生まれた子供の体重は通常100- 200グラム程度大人の約1000分の1しかない。

体毛
眼の周り、耳、四肢、背中の両肩の間の毛が黒く、他の部分は白色(クリーム色)である。

この模様や色使いは「単独行動が維持できるように近すぎる距離での遭遇を回避するのに役立っている」「周りの景色に溶け込んで外敵の目から逃れるためのカモフラージュの役割を果たしていた」等と考えられている。

尾尾の長さは約13- 20cmであるが、尾はほとんど成長しないため、成獣では目立たない。

ジャイアントパンダ(´・ω・`)
ジャイアントパンダ
(´・ω・`)

ジャイアントパンダのぬいぐるみ・人形・キャラクターグッズなどのなかには、尾を黒く塗った商品を見かけるが、汚れなどによる誤解や思い込みに基づいて色付けされており、本種の尾の色は正しくは白色(クリーム色)である。

幼少期生まれた直後は毛が一切生えておらず、薄いピンク色をしている。
生後約1週間から十日程で毛根の色が透けるため白黒模様が見え始める。
生後1か月ほど経つと親と同じような模様の毛が生え揃う。

ジャイアントパンダの赤ちゃん(生後1周間くらい)
ジャイアントパンダの赤ちゃん
(生後1周間くらい)

ジャイアントパンダの毛は軟らかそうなイメージがあるが、軟らかいのは生後約1年くらいまでであり、成獣の毛は豚毛ブラシに近く、比較的硬い。
毛皮は、硬くて脂ぎっている


通常、クマは前肢の構造上、物を掴むという動作ができない

しかし、唯一ジャイアントパンダは竹を掴むことができるように前肢周辺の骨が特殊に進化している。

第一中手骨(親指)側にある撓側種子骨と第五中手骨(小指)側にある副手根骨が巨大化して指状の突起となっており、その突起を利用して物を押さえ込む。

ジャイアントパンダの手
ジャイアントパンダの手

撓側種子骨は人間の親指のように見えることから「偽の親指」「第六の指」と呼ばれている。

ジャイアントパンダは撓側種子骨(第6の指)があることで物を掴めると長い間考えられてきたが、実際に竹のような太さの棒状の物体を掴むには撓側種子骨に加え、「第七の指」副手根骨が必要であることが、遠藤秀紀らによって 1999年に示された。

パンダがこれら2つの骨を使って物を掴む仕組みは、論文の中で「ダブル・ピンサー」、すなわち「パンダの掌の二重ペンチ構造」と紹介されている。

第7の指
第7の指

向かって左側のちょうど親指の位置にあるのが橈側種子骨(トウソクシュコツ)向かって右側の小指のさらに外側にあるのが、副手根骨(フクシュコンコツ)。


眼の周りの模様が垂れ目のような形をしているが、実際の眼は小さく上がり気味で鋭い目付きである。

視力はあまりよくないと考えられていたが、研究によって2000年代灰色と様々な色合いを区別できることが確認された。

ジャイアントパンダの目
ジャイアントパンダの目

内臓消化器官や歯の構造はクマやアザラシ等、他の肉食動物と大変似ている。

犬歯は大きく、奥歯も大きく平らな臼歯で人間のおよそ7倍の大きさである。

腸や盲腸は草食性としては短い構造がデメリットとなり、セルロースを多く含む竹などの食物を食べた場合、栄養摂取の効率が低く、それを量で補うため、ジャイアントパンダは一日の大半を竹を食べることに費やしている。

また、陜西省仏坪県の自然保護業務関係者は、三官廟一帯で秦嶺の野生のパンダが牛の足の骨をかじった跡を確認している。

食事
現在は竹林に棲み、竹食のほか、小型哺乳類・魚・昆虫等の小動物、果物を食べることもあり、他のクマ類と同様に肉食を含む雑食性の特徴も微少であるが残っている

昔は動物園でも肉を与えていたケースもある。

氷期の到来による気候変動がもたらす食糧不足から偏食を余儀なくされ、常に入手しやすい竹ばかり食べるようになったと考えられている。

しかしながら現在は、中国の飼育環境では、竹以外にも肉や野菜などを中心とした餌が与えられ、竹食中心とは言いがたい。

クマ科の気性外見や動作の特徴は人間にとって「愛らしさ」と映り、そのような面が注目を集めるが、クマ科動物として気性の荒い一面も併せ持っている。

動物園の飼育員や見学客などが襲われる事件が、過去には何件か発生している

客寄せパンダ
日本ではジャイアントパンダの人気は高く、本種のいる日本の動物園ではそれを目当てとした来園客が非常に多い

そのため、興行などで集客力のある人気者を指す客寄せパンダという言葉が生まれた。

語源には以下の2種の他にも幾つかある。

神戸ポートアイランド博覧会(1981年3月20日~9月15日 )においてジャイアントパンダ(「サイサイ」(雄6歳)「ロンロン」(雌17歳))が展示されたが、この博覧会は「新しい”海の文化都市”の創造」をメインテーマに海洋文化や港湾建設など海に関する物事をテーマに開催された博覧会だったにも関わらず、当時は東京の上野動物園へ行かなければ見ることが出来なかったジャイアントパンダを関西圏で見られるとあって、海とは特に関係のないジャイアントパンダが博覧会における展示の中でも特に人気の的となってしまった。

この出来事を当時のマスコミが「パンダ来たおかけでが博覧会の入場者が増加した」などと報じた事から転じて「客寄せパンダ」の名称が発生し、以後その言葉が汎く定着したという説。

1981年6月の田中角栄による東京都議選応援演説における「人寄せパンダ」発言の「人寄せ」部分が変化したという説である。

抜粋:http://ul.lc/5ens(wikipedia)より

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